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2014年2月6日木曜日

お宝公開!その1 メニュー編 (21)Paris Stella Marisパリ 『ステラ マリス』

ateru yosino park hotel のある日のメニューPARIS(パリ)編 その10
PARIS 『Paris Stella Maris』
パリ 『ステラ マリス』

日本で「tateru yosino」が、たちまち幾つもの☆を獲得している
事はマネジメントにおいても素晴らしい事を示しています。

2013年7月にパリの「ステラ マリス」はクローズされたようです。
寂しいような気もしますが、何故か「思い出の中だけに在る」方がふさわしい
と感じるのは私だけでしょうか?

吉野夫妻と初めてお会いしたのは「Chez L'Ami Loui」です。
フランス料理研究家の上野 万梨子さん(オフィシャルホームページ)と御一緒でした。
連れ合い共々、マダムのコミュニケーション術に取り込まれ、
内緒で料理のやり取りをしたり、帰る頃には翌日の「ステラ マリス」が予約されていました。

それから四ヶ月ほど経ったころ、オペラ通りの一番ルーブル寄りのタクシー乗り場で「Aーさーん」と声をかけられました。パリで日本語で呼ばれるのは初めてなので、連れ合いもびっくり。
向かいの道路にマダム吉野がいました。
「病院の帰りなんです」と近づいて「今晩、席空けられますよ」で、またおじゃましました。
早い時間だったので(ジャポネはいつも早い)厨房まで案内してもらいシェフに恐縮でした。
この日、上野さんはジャーナリストのT氏と一緒でした。

短く話せば、ただこれだけの話。まだまだ☆が付く前の話です。

マダムは亡くなり、「ステラ マリス」はクローズしました。

念のため、林 真理子著「もっと塩味を!」中公文庫版を読みました。
巻末、川村 二郎氏の「解説」が強烈!
 tateru yosino park hotel のある日のメニュー(1)
tateru yosino park hotel のある日のメニュー(1)
 tateru yosino park hotel のある日のメニュー(2)
tateru yosino park hotel のある日のメニュー(2)
野 万梨子さんはdancyu 2014年1月号のフランス煮込み料理「ポテ」の特集 などで活躍中。
上野 万梨子さんはdancyu 2014年1月号のフランス煮込み料理「ポテ」の特集 などで活躍中。
 上野 万梨子さんの旧著『パリのおいしい台所』
上野 万梨子さんの旧著
『パリのおいしい台所』
旧著にサインを戴く機会がありました。
旧著にサインを戴く機会がありました。
林 真理子著「もっと塩味を!」 林 真理子著「もっと塩味を!」

2014年1月15日水曜日

お宝公開!その1 メニュー編 (20)PARIS Hotel Ritzパリ 『ホテル リッツ』

当時の「ヘルスクラブ」のマネジャーさんからいただいた立派な手帳PARIS(パリ)編 その9
PARIS 『Hotel Ritz』
パリ 『ホテル リッツ』

「エスパドン」はホテル本体と一緒に二年がかりの大改装中。
2014年の夏には再開されるようで楽しみです。
(日本で言えば「ロオジエ」の二年以上かけた新築開業といったところでしょうか。)

現在「エスパドン」のシェフはMichel Roth氏(MOA保持者・ボキューズドール優勝者)

2013年の「ゲランドの塩生産者組合」からの年賀状と一緒にルセット「サーロインのグリル、ゲランドの塩とカラフルヴェジタブル」が届いていました。
(マリネに醤油をメインにしているのにはびっくりです)

当時(1993~4年ころ)エスパドンのメニューはいただけなかったのでRitzの事にします。

ここに泊まるのは「ヘルスクラブ」でタラソ・スパのケアを体験するのと、マネジャーとミーティングをする為でした。

この時も「カンボン通り」を見下ろす部屋です。日の当たらない、スパイが身を潜めているような気分になる、妙に落ち着く部屋です。シャネルの本店のはす向かいにあたります。

さて、事件は定点観測(ここではフォション、エディアール、オスマンのデパート等など)から戻って一休みと、ベッドに横になると、頭に何か硬いものが・・・良く見ると「まち針」が枕に刺さっていました。ムム、スパイを狙った「毒針」か!人違い殺人か?英国風ミステリーの展開でしたが、クレーマーの様に騒ぐわけにもいかず、とりあえずルームサーヴィスに連絡すると、二人のメイドさんがやってきて「枕カヴァーの交換のときに針を取り忘れたのだ」といってました。もう一度出かけて戻るとRitzブランドのシャンパンが置いてありあました。
マ、いいか。で、いただいて帰りました。

ダイアナさんの部屋ではこんなことはないでしょうね。
ココ・シャネルは30年以上ここで暮らしたそうですから一度くらいはあったかな。
プレゼンテーション(ミッシェル・ロス シェフがゲランドの塩を振っている)
プレゼンテーション(ミッシェル・ロス シェフがゲランドの塩を振っている)
「グリル・サーロイン ゲランドの塩とカラフルヴェジタブル」のルセット
グリル・サーロイン ゲランドの塩とカラフルヴェジタブル」のルセット
毎日届く明日の天気予報(1993.6.25-28)
毎日届く明日の天気予報(1993.6.25-28)
これはその時のものではなく、某大社長に戴いた。(1.5Lボトル。持ち帰るのが大変!)
これはその時のものではなく、某大社長に戴いた。
(1.5Lボトル。持ち帰るのが大変!)
当時の「ヘルスクラブ」のマネジャーさんからいただいた 立派な手帳
当時の「ヘルスクラブ」のマネジャーさんからいただいた立派な手帳
ルームサーヴィスのメニュー
ルームサーヴィスのメニュー
左がヘルスクラブのプール タラソテラピー・スパ フィットネス エステティックもある
左がヘルスクラブのプール。タラソテラピー・スパ フィットネス エステティックもある。
右が「エスパドン」の案内。(開くとルームサーヴィスのメニューが4ページも)
*たしかダイアナさんはエスパドンから急に部屋に戻ったとされているから、ルームサーヴィスのが最後の食事になったのか・・・パパラッチ!
ルームサーヴィスのメニュー(1)
ルームサーヴィスのメニュー(1)
ルームサーヴィスのメニュー(2)
ルームサーヴィスのメニュー(2)
ルームサーヴィスのメニュー(3)
ルームサーヴィスのメニュー(3)
ルームサーヴィスのメニュー(4)
ルームサーヴィスのメニュー(4)
「エスコフィエ」の名を冠した料理学校
「エスコフィエ」の名を冠した料理学校
ワインリストもすごい
ワインリストもすごい

2013年2月5日火曜日

お宝公開!その1 メニュー編 (19)PARIS SANT-GERMAIN-DES-PRES 『CAFÉ DE FLORE』パリ サンジェルマンデプレ 『カフェ ド フロール』

「カフェ ド フロールで待ち合わせ....」とあります。PARIS(パリ)編 その8
PARIS SANT-GERMAIN-DES-PRES 『CAFÉ DE FLORE』
パリ サンジェルマンデプレ 『カフェ ド フロール』

【1990年頃】
行きも帰りも、パリで定点観測です。リブ・ゴーシュの定点は食のワンダーランド「ボン・マルエシェ」食品館。「コンランショップ」「エディアール」みんな、お隣さんです。Rue de bacのお店をのぞきながらサンジェルマンに出て、その日の雰囲気で「ドゥ・マゴ」か「カフェ ド フロール」で一休みです。「ドゥ・マゴ」は季節・時間・天気によって店の雰囲気が変わります。
「カフェ ド フロール」には、心強い日本人(山下哲也氏についてはこちら)のギャルソンがいます。
他に、リブ・ゴーシュの食はディープです。何でもあります。私のパリ案内はまたいつか・・・。
「カフェ ド フロールで待ち合わせ....」とあります。
「カフェ ド フロールで待ち合わせ....」とあります。
J.P.Sartre(サルトル)の「自由への道」から「サンジェルマン デ プレのカフェ ド フロールで会おう」の文が引用されています。
J.P.Sartre(サルトル)の「自由への道」から「サンジェルマン デ プレのカフェ ド フロールで会おう」の文が引用されています。
1929年には生まれていなかった。1968年はパリにいなかった!
アペリティフから始まります。フランの頃の価格です。
アペリティフから始まります。フランの頃の価格です。最初の頃Suzeの発音で苦労した覚えがあります。
ウィスキー。ヘミングウェイは何を飲んでいたか?
ウィスキー
ヘミングウェイは何を飲んでいたか?
アルコール。アルコールとありますが、ホワイトリカー、ラムの順。
アルコール
アルコールとありますが、ホワイトリカー、ラムの順。
アルコール・リキュール。ここの品揃えが好みの広がりを感じさせます。
アルコール・リキュール
ここの品揃えが好みの広がりを感じさせます。
暖かい飲み物
暖かい飲み物
冷たい飲み物
冷たい飲み物
カクテルとビール。「ル フロール」と「ル サンジェルマン」がオリジナル、シャンパンベース。
カクテルとビール
「ル フロール」と「ル サンジェルマン」がオリジナル、シャンパンベース。
エクストラ(極上のおつまみ)とワイン。
エクストラ(極上のおつまみ)とワイン。
暖かい軽食、サンドウィッチ、サラダ、お薦め。
暖かい軽食、サンドウィッチ、サラダ、お薦め。
卵料理とチーズ
卵料理とチーズ
パティスリーと、パンとそれにつける物。
パティスリーと、パンとそれにつける物。
アイスクリームとシャーベット
アイスクリームとシャーベット
シャンパン、ヴィンテージシャンパン
シャンパン、ヴィンテージシャンパン
モエの広告(広告料は?なんて考えるのはいけません!)
モエの広告(広告料は?なんて考えるのはいけません!)
コニャック
コニャック
エネシー(笑)の広告
エネシー(笑)の広告
いかに多くの文化人達がこのカフェに集ったかを書いています。
いかに多くの文化人達がこのカフェに集ったかを書いています。人名をみるだけでどきどきします。

2012年10月26日金曜日

メニューを離れて(6)「心強い日本人シェフ!」 その4 パティシエ編

「心強い日本人シェフ!」 その4 パティシエ編
Coupe du monde pâtisserie 2007
De l'or pour le Japon!!
クープ デュ モンド パティスリー 2007年
金メダルは日本に!!

「ポール ボキューズ ドール」と同時開催の「パティスリー ワールドカップ」で、ベルギー、イタリアを押さえて、02年、03年と二位だった日本が金メダルを獲得(1991年にも優勝)。翌朝の新聞に掲載されました。
日本のレベルの高さは世界的にも評価されていることは知っていましたが、リヨンまで行った私としても、なんとも誇らしい気持ちになりました!
当時のチームメンバーはこちら(社団法人 日本洋菓子協会連合会 ホームページ内)。
偶然、パリからの帰国便も一緒でしたが、晴れ晴れとした、達成感に満ちたつわもの達で、連れ合いと二人で、心から大拍手をしました。
2007年1月24日朝刊、リヨン・エディションです。
2007年1月24日朝刊、リヨン・エディションです。
トップは「ポール ボキューズ ドールは今夕発表」の記事です。
トップは「ポール ボキューズ ドールは今夕発表」の記事です。
その下に「金メダルは日本に」の記事
その下に「金メダルは日本に」の記事
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2012年10月10日水曜日

お宝公開!その1 メニュー編 (16)『LE TOIT DE PASSY』 ル ト ワ ド パッシー

表紙がなかなか格調高い絵です。PARIS(パリ)編 その7
「LE TOIT DE PASSY」
ル トワ ド パッシー

【1989年頃】
名前のとおり、パッシーの住宅街の、最上階のレストラン。
夜は、天井がガラスで、室内を暗くして、月も、星も見えます。
大変な人気店でした。
なかなか凝った料理でしたが、軽い食感が受けていたのだと思います。
なぜか・・・いまは在りません。
表紙がなかなか格調高い絵です。
表紙がなかなか格調高い絵です。
左ページは昼のムニュと通日のムニュ
左ページは昼のムニュと通日のムニュ
右ページはアラカルト 高級食材と野菜・ハーブの組み合わせが新鮮でした。
右ページはアラカルト 高級食材と野菜・ハーブの組み合わせが新鮮でした。
デザートのメニューは別で、事前に注文です。
デザートのメニューは別で、事前に注文です。
こんなワインいただきました。
こんなワインいただきました。